|
カテゴリ
全体
プロフィール 会則 速報 講演・寄稿・メディア シリーズ・団塊世代 春夏秋冬 レヴィン文化財プロジェクト 無名人からの伝言 式年東大社銚子御神幸祭 鎌倉の美しい里山継承PJ シリーズ「里山ってなんだ!」 東庄と鎌倉 鎌倉の世界遺産登録 ガイドブック・プロジェクト 東日本大震災 鎌倉団塊プロジェクト 団塊探偵団(神奈川新聞) 唯我独尊(コラム) 現代に生きる禅の精神 野口農園 交遊録 台峯&マンション問題 インターネット新聞JANJAN Yahoo!セカンドライフ 大船観音前マンション建設 洞門山宅地開発問題 北鎌倉テニスコート築造問題 北鎌倉の恵みプロジェクト 個性派ショップの優れもの BOOK mixi入口 イベント案内 北鎌倉匠の市・展 イベント月別一覧 リンク 北鎌倉グルメ散策 北鎌倉でお買い物 男の料理教室 璃史写真館(非公開) 発見!体験!もう一つの鎌倉 六国見山日照権伐採 「元治苑」にマンション建設 璃史&七緒(非公開) 未分類 以前の記事
2012年 02月
2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 お気に入りブログ
最新のコメント
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
【第4回=最終回】北鎌倉湧水ネットワークのメンバーも合流(侘助・懇親会) 北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25 ③ 【第3回】「絶対見ることのできない道場見学が印象的」(建長寺) 北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25② 【第2回】会席料理の好々亭-八雲神社・雲頂庵-円覚寺 北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25① 【第1回】路地伝いにランチの場所「ネスト」へ オフ会のラストはお待ちかねの侘助での懇親会だ。この懇親会には北鎌倉湧水ネットワークのメンバーである斎藤博子さん、藤田みどりさん、さらには北鎌倉湧水仕込み地ビール『北鎌倉の恵み』の製造・販売元の横浜ビールのオーナー、栗田守敏さんも合流した。侘助の店主に、この日のために特別にお願いして置いてもらった「北鎌倉の恵み」で、まずは乾杯!酔うほどに話が弾んだ。団員の皆さんの楽しそうな顔を見れば、もうこれ以上、言葉は必要ないだろう。お疲れさまでした。これも何かの縁です。またお会いしましょう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25② 【第3回】「絶対見ることのできない道場見学が印象的」(建長寺) 一体、どういう集団なんだ!30代から80代と年代も性別もバラバラ、職業も違いそうだ。ほとんど共通項もなさそうな一行の到着に、人間のあしらいに関しては、「百戦錬磨」の達人である建長寺NO2の高井正俊宗務総長も戸惑いを隠せない様子だった。以下、団員と高井宗務総長のやりとりである。一部を紹介しよう。 「大分から来ました」 「大田区だって」 「大分県ですよ。九州の」 「何でそんなに遠くから?」 「自己紹介します。ダ・シルバです」 「何て言ったの?」 「ダ・シルバです」 「うん?」 高井宗務総長が目を白黒させる度に、爆笑が沸き起こった。和やかな空気が流れる中で、全員の自己紹介が終わった。「今日は、普段立ち入ることのできない修行僧の道場に案内しましょう」と高井宗務総長。ありがたい!建長寺の「聖域ゾーン」に案内してくれるというのだ。 ![]() この唐門から先が一般人の立ち入りを拒絶している「聖域ゾーン」だ! ![]() 俗世間から隔絶された「聖域ゾーン」は、唐門から先に広がっている。開山堂以外に西来庵中門、昭堂、禅堂、食堂、開山のお墓などがある。森閑とした「聖域ゾーン」には、今なお、開山の蘭渓道隆の「霊」が静かに眠る。この開山の教えに従い、修行僧たちの想像を絶する厳しい修行が続いている。 ![]() ![]() 「聖域ゾーン」の入り口の唐門は、中国式の門という意味ではない。屋根が半曲した唐破風(からはふ)になっている門のこと。唐門に入り、少し歩くと西来庵(せいらいあん)中門がある。西来庵は開山の塔所(たっしょ)だ。「西来」は、インドから中国に禅を伝えた達磨大師、中国から日本に禅の教えを伝えた開山の二人が、いずれも西方からやってきたことに由来するという。来庵中門から西来庵に入ると中央に舎利殿と同じ意味の昭堂(しょうどう)、その後ろに開山堂、右に禅堂、左に食堂が配置されている。 「修行僧の指導は、ステージの高い管長の役割です。お坊さんになるには3年間の修業期間が必要です。修業は1人ではできませんね。集団で支え合っていくことが必要です。大学の体育会のようなものです。修行は厳しい。ここでは完全というわけにはいきませんが、自給自足の世界を志向しています。畑もあるし、燃料となる樹木もあります。修業は特別なことをするのではなく、日常の作務をこなしていきます。来るものは拒まず。与えられた条件の中で、力を尽くす。元々、日本人はこのことが得意でした。それを支えたのが禅文化です。今はなかなかできなくなっていますが」。短い時間だったが、「聖域ゾーン」で、高井宗務総長は、禅の核心を簡明説明してくれた。![]() ![]() ■片割れが坐禅にはまってしまった!あ~あ、えらいこと 聖域ゾーンから出た後は、午後5時からの坐禅会の時間が迫ってきたので、法堂のみ案内してもらった。法堂には愛知万博のパキスタン館に展示されていた釈迦苦行像の複製が祀られていた。釈迦は出家後、6年間苦行生活を送った。その時の釈迦の様子を像にしたのが釈迦苦行像だ。目はくぼみ、頬は削げ、あばら骨が浮き出でるほど痩せ細っている。鬼気迫るという表現がぴったりだ。この釈迦苦行像の複製は、パキスタン政府から、建長寺に贈られた。![]() ![]() 建長寺での体験を終えた団員の感想である。 「わたしはとくに、一般人には絶対見ることのできない建長寺の道場見学が印象的でした。ぶんぶんさんを誘って三年間の修行に行こうか、相談してみたいと思います」(たまちゃん)「片割れが今度は坐禅にはまってしまいました。座布団を作ると張り切っています。あ~あ、えらいことです」(psさん) 「北鎌倉を自慢にされるのが、よくわかりました(笑)。とくに坐禅体験は意外や意外で、とてもおもしろかったです」( hiro さん)
北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25① 【第2回】会席料理の好々亭-八雲神社・雲頂庵-円覚寺 ネストでのランチの後は別の路地を伝って、次の目的地である好々亭へ。お目当ては紅梅である。ぶんぶんさんのお母さんは81歳になったいうが、とても元気だ。団員のサポートもあって、しっかりと散策の歩を進めた。JR北鎌倉駅の下りホーム近くの線路沿いにある赤トンネルをくぐり抜け、好々亭へ着くと、庭の紅梅が見事に咲いていた。ここで記念写真をパチリ。今の時期はウメを眺めながらここでの食事もお勧めだ。 ![]() 好々亭から北鎌倉の鎮守・八雲神社までは、歩いて5分もかからない。円覚寺の塔頭・雲頂庵は八雲神社の目と鼻の先にある。この辺りから、北鎌倉の街並みが一望できる。4月初旬の山桜の咲く時期の眺望が素晴らしい。個人的には北鎌倉で桜を見るスポットとしては、ここが一番だと思う。枝垂れ桜、ソメイヨシノ、ヤマザクラの豪華な競演が堪能できる。 眺望も素晴らしいが、八雲神社には歴史ファンにとって、わくわくするような史跡と伝説がある。境内には、寛文5年(1665年)の銘をもつ庚申塔がある。鎌倉では一番古く、かつ、大きいといわれている。11基あるが、その中に大きく「青面金剛」と刻まれた石碑がある。「青面金剛」はかつて魔除けとして境界線に建立された。その地域特有の病気である風土病に対しては、そこにずっと住んでいれば人間の体内には自然と抗体ができ、風土病への抵抗力がつく。しかし、この風土病が別の地域に持ち込まれた時、別の地域では抵抗力がないから死人が何人も出る。そこで、先人は「青面金剛」の石碑を特に病気にかかりやすい、妊婦や子どものための魔除けとして部落と部落の境界線にたてたのだという。 ▽ぶんぶんさんは陰陽師? ![]() 平安時代中期の陰陽道の大家・安倍晴明ゆかりの「安倍清明石もある。安倍晴明と北鎌倉との関係は、鎌倉時代後期の成立と言われる『吾妻鏡』に次のように記載されている。「この屋は正暦年中に建立の後、いまだ回祿(くわいろく)の災(わざはひ)に遭はず。晴明朝臣、鎮宅の符を押すが故なり」。「この屋」が北鎌倉の山ノ内にあった。「安倍清明石」は元々は北鎌倉駅近くの道路のまん中にあり、それを二つに割った。そのうちの半分を八雲神社に祭ったという。 【参考】 *北鎌倉の安倍晴明伝説北鎌倉の安倍晴明伝説 ![]() ![]() ▽小津安二郎監督のお墓に参拝 雲頂庵、さらには円覚寺塔頭の白雲庵などを経て、円覚寺境内へ。境内では白梅が見頃になっていた。アマチュアカメラマンが何人かシャッターチャンスを狙っていた。北鎌倉といえば瞬間的に頭に浮かぶのが映画界の巨匠、故小津安二郎監督。小津監督は北鎌倉をこよなく愛し、北鎌倉を舞台に数々の名作を世に送りだした。小津監督は1963年12月12日、60歳の誕生日に亡くなった。 今は晩年を過ごした円覚寺の墓に眠る。この小津監督の映画とは、切っても切れない関係にあるのが、俳優の故・笠智衆。笠智衆はこの日、時間がなくて行けなかった成福寺で、ひっそりと眠っている。成福寺は、JR横須賀線の大船駅と北鎌倉駅の間の線路沿い(北鎌倉駅に向かって左側)にある。子袋谷の踏切の少し手前だ。鎌倉にある唯一の浄土真宗のお寺である。笠智衆は熊本県出身。生家は浄土真宗のお寺・来照寺だった。 法名は「憶念院釋智衆」。俗名がそのまま法名になっている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
屋久島を東京で味わおう!「おとな愉快団!」オフ会10・28 【第1回】路地伝いにランチの場所「ネスト」へ 大分からぶんぶんさんがいらっしゃいますので、この機会に親睦を深めて楽しみましょう!。「おとな愉快団」団長のたまちゃんの呼びかけに応じ、2月25日、団員12人が北鎌倉に集結。集結メンバーは、ぶんぶん、ぶんぶん母上、カッターマン、キョウスケ、ps、ps奥さん、泰山木、トマト、智奴、hiro、ダシルバ、たまちゃん(敬称略)。天候が危ぶまれていたが、太陽が顔を覗かせ、絶好の散策日和となった。多分、「お天気の神さま」が、遠来の客に敬意を表したのであろう。この日のオフ会のガイド役は北鎌倉在住歴10年のキョウスケ。オフ会の様子を写真を中心に4回に分けて、紹介したい。第一回目は路地伝いにランチの場所「ネスト」へ。 メンバーは午前11時15分、北鎌倉駅に集合した。ネットではやり取りしていたが、キョウスケとぶんぶんさん、ぶんぶんさん母上、カッターマンさん(いずれも大分から)、智奴さん、ダシルバさんとは初対面だ。しかし、何故か、初対面の気がしない。昔から、何度も会っている友達のように思えるから不思議だ。いきなり、「ぶんぶんさんって、可愛いね」と言ってしまった。「おとな愉快団!」オフ会への参加は今度で4回目になる。SNSは、有効活用すれば、人との交わりに関し、とんでもない可能性を秘めているとの確信を強めている。 ![]() ![]() ぶんぶんさんとカッターマンさんはネストの窓から見た北鎌倉の風景を「臼杵に似ている」 と口をそろえた。「鎌倉とは三方が山、一方が海という共通項がありますね」と私。ランチは和風弁当に人気が集中した。この弁当の食材には、事前に届けておいた私の自家製のダイコン、ブロッコリー、ネギが入っていた。店主の気遣いに感謝したい。ネストの「看板娘」(?)のチャオ(猫の名前)は、この日も人気者になっていた。テラスにはメジロ、ヒヨドリなどの野鳥や台湾リスがやってきた。間違いなく、北鎌倉は都会の中の「田舎」である。北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25② 【第2回】会席料理の好々亭-八雲神社・雲頂庵-円覚寺 北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25 ③ 【第3回】「絶対見ることのできない道場見学が印象的」(建長寺) 北鎌倉散策&坐禅体験 :「おとな愉快団!」オフ会2・25 ④ 【第4回=最終回】北鎌倉湧水ネットワークのメンバーも合流(侘助・懇親会) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 「品格を大切にしています」。懐石料理の店「かまくら 口悦」の店主の嘉山伸二さんは、お店のコンセプトをきっぱりと言い切った。「品格」。いい言葉だと思う。反射的に日本のナショナル・トラスト運動第一号となった「鎌倉風致保存会」設立にあたっての作家の大佛次郎の「過去に対する郷愁や未練によるものではなく、日本の美意識と品位のために」という言葉を思い出した。「品格」というコンセプトで貫かれた店構え、店内、料理のいずれもが、調和が取れており、美しい。場所は北鎌倉駅から鎌倉方面へ50メートルほど歩いた鎌倉街道沿いにある。道路を挟んで、斜め前に東慶寺がある。20人で満席になるので、予約をお勧めする。![]() ![]() ■「かまくら 口悦」 住 所:鎌倉市山ノ内400番地 電 話:0467-25-6015 営業時間: 午前11時30分~午後4時ごろ (一日の予定が終わり次第閉店) 定 休 日: 火曜日 メニュー(3種類のみ) 温石 1500円 好楽 2400円 姫懐石 3600円 ▽料理には心に響くもの、魂が大切 東京のいろいろなお店で修行した。平成7年10月12日に念願の開店を果たした。「北鎌倉を選んだのは、鎌倉が好きだったこともありますが、借景が必要だったからです。このへんは『ネスト』(ギャラリー&レストラン、コンセプトが北鎌倉の光、風、借景)と同じですね。料理は自分を主張することであり、自分にとってやりがいのある仕事です。そのために、どうしても『禅の形』が、不可欠なんです。料理には心に響くもの、感性といいますか、魂が大切ではないでしょうか。お客様に喜んでいただく料理を作ることが私の仕事です。この仕事を通じて、社会に貢献していきたいと思っています」▽「温石(おんじゃく)」で春を堪能 料理は季節感を大事にしている。この日(2006年2月23日)私は、ゴマ豆腐、小鉢、煮物、醤油あん、ナスと栗麩の田楽、香の物と雑炊で構成された雑炊膳の「温石(おんじゃく)」をいただいた。雑炊は青海苔で覆われており、ウメの開花をイメージしていた。ゴマ豆腐はヨモギ入りだ。品数が多く、見ているだけでも楽しい。もちろん、料理が美味しかったことは言うまでもない。醤油あんが絶妙の味だった。すっかり、春を堪能させてもらった。亭主直筆のメニューには、「禅院の雰囲気を味わって下さい」の一文が付いていた。心憎い気配りである。さらに嬉しいことに私が企画した六国見山湧水仕込み地ビール「北鎌倉の恵み」が置いてあった。「北鎌倉の名前の付いたビールを置かないわけにはいきません。北鎌倉を大切にしたいですね」 ![]()
■違うけど 社長が言うから そうですね(第一生命・サラリーマン川柳) 2月21日夜、東京都千代田区内幸町の「パビョン」で開かれた「広報駆け込み寺」(三隅説夫・代表)第9回交流会(記者懇談会)に出席した。「広報駆け込み寺」は、企業の広報活動の支援を目的に一昨年9月、企業広報のプロを自任する三隅さんをはじめとする元広報担当者らが中心になって立ち上げた。交流会には企業の広報担当者やメディア関係者ら約100人が参加した。企業の広報担当者の重要な役割として、不祥事の際の危機管理があるが、最近、企業の首をひねりたくなるような対応のまずさが頻発している。挨拶に立った三隅さんは、この背景を「広報は企業と社会とのコミュニケーションの窓口であり、経営機能の一部。極めて重要な職務なのにこのことが分からないトップ、一方で、トップに直言できない広報マンが多すぎる」とばっさり。 ![]() ![]() ![]() ![]() 続けて「こんな川柳がある」と下記のような第一生命のサラリーマン川柳を紹介した。会場の爆笑を誘ったが、的を射ているだけに、腹の底からは笑えない。 <トップの問題> ■不祥事は 増えたのではなく バレたのよ ■不祥事で 倫理、倫理の 鐘が鳴る <広報担当者の問題> ■違うけど 社長が言うから そうですね ■役員会 「お言葉ですが…」の 声が出ず ■会議では カラオケほどの 声が出ず <その他> ■耐震の 強度増すのは 妻ばかり 私と三隅さんとの付きあいは長い。もう20年以上になる。最初にお会いしたのが、1984年。三隅さんが旧安田生命(現・明治安田生命)高知支社長を経て、広報室長に就任したときだ。当時私は経済部に在籍し、日銀記者クラブに配属されていた。以来、三隅さんは2001年まで17年間、広報畑一筋に生きた。同年、取締役広報部長から関連会社のジャパン・コンフーム社長に就任。2003年に退職し、2004年9月にNPO法人「広報駆け込み寺」を設立した。 ![]() 2002年2月に北鎌倉湧水ネットワークのHPに下記の記事を掲載した。安田生命は、明治生命との合併を控えていた。昨年、金融庁は明治安田生命保険は支払うべき保険金や給付金を払わなかったとして、個人保険の販売を3月4日から2週間停止させる行政処分を出した。これは生保としては過去最長の業務停止期間。この不祥事を巡る、明治安田生命保険の対応は、あまりにもお粗末すぎて、世間の失笑を買ってしまったと記憶している。実に皮肉である。 社長が最大の広報マン=なぜか瀬戸朝香の写真が…= 生命保険業界大手の安田生命保険は、ちょっと変わっている。経費削減を理由に、他の企業がマスコミとの新年会を軒並み中止しているの、頑固なまでに続けている。 それも現役の記者だけでなく、OBにも声をかけている。新年会はなんと今年で18回目を迎えたという。 ▽したたかな広報戦略 長く続けているのには、それなりの理由があるはずだ。私は同社のしたたかな広報戦略が、その理由だと推測する。企業の広報関係者から、「広報をどのようにしたらいいか」と聞かれることがあるが、「社長が最大の広報マンだということを理解してもらってはどうか」と答えている。この考え方に立たないと広報担当セクションが、いくらしゃかりきなっても本当の意味での効果的な広報は、期待できない。なぜなら、ベースには、「デスクロージャー」、つまり、経営内容の公開という哲学が必要だからだ。それには社長に自分の口から、経営理念や経営戦略を語ってもらう。これが一番手っ取り早い。CMで、企業イメージを売るだけでは限界がある。 具体的な例では、最近の雪印ブランドの崩壊がある。汚染事故が発覚した時に、当時の社長が自分たちが事故を起こした当事者なのに、取材陣に当たり散らしていた。その姿がマスコミに報道された。「社長が最大の広報マン」という自覚があれば、絶対にこういうことはしない。インターネット取引をいち早く導入し、破竹の快進撃を続け、一地場証券を東京証券取引所に上場させた松井道夫社長も「広報こそ最大の仕事だと考えている。広告の案文もそうだが、雑誌や講演で述べる内容は、社外に向けての私のメッセージであると同時に、社内向けのメッセージでもある」と自著の「おあやんなさいよ でも つまんないよ」(ラジオたんぱ)で述べている。 (中略) ▽19回目の新年会は? 新年会が終わって、しばらくしてから安田生命は明治生命との経営統合を発表した。現在はどうかよく分からないが、ずっと昔取材した記憶では明治生命は広報に関しては、あまり熱心というか確たる広報戦略を持たなかったし、安田生命とは、企業カルチャーも違っていたよう気がする。金融の自由化と国際化、不況の深刻化に伴い、生命保険業界の経営は厳しさを増している。その中で、両社の経営内容は健闘が目立つ。経営統合は、異質なもの同士が、反発しあうのではなく、刺激しあうことで、さらに体質を強化する狙いがあるのだろう。ネットワーク時代においては、ただやみくもにスケールメリットを追求しても、非効率性を増すだけで、競争力の強化にはならない。「来年のことをいうと、鬼が笑う」ということわざがある。それでなくても変 化の激しい時代だ。でも、個人的な興味としては、来年19回目の新年会は果たして、あるのだろうか?
「北鎌倉の恵み」、コラボの先行モデルとして注目集める! 日経広告研究所が主催したセミナー『コラボしよ!!企業とNPOの協働をめざして』でお会いしたビジネス・コーディネーティング・センターの森本陽子さんから、「せたがや壮年大学」開講の案内が来た。「今回は高齢社会へむけての新企画で、とくに団塊世代退職後の人生設計に対してのライフデザイン提案をしたい」と森本さんは意気込みを示している。 ![]() ■開講場所は三軒茶屋昭和女子大学オープンカレッジ内 ![]() 「せたがや壮年大学」が4月に三軒茶屋昭和女子大学オープンカレッジ内にて開講されます。ご案内をさせていただければ 幸いです。 団塊世代以降を対象に学び、仲間づくりができ、地域で一歩を進め、社会事業開発に向う環境づくりをしました。 匠・日本の文化再考と社会事業開発。この2つに健康コースをつけました。お昼は講師と一緒におとりいただきます。彼らのこれからの動向、新たな消費にだけ向わせるのか、社会資源として、地域、社会の問題解決に向わせるのか、大きな岐路に立っているのではないでしょうか。 家族、地域でのかかわりを変え、社会が変わり、 “国の品格”が変わることに期待を込めて、企画推進をしております。ご支援をいただければ幸いです。 森本 陽子 有限会社ビジネス・コーディネーティング・センター ************************************** 〒177-0035東京都練馬区南田中5-16-2 Tel.03-3997-6210 Fax.03-3997-6239 email: yokomomo@tky3.3web.ne.jp http://www3.tky.3web.ne.jp/~yokomomo/ *********************************
六国見山の鶯、ただいま鳴き方特訓中 午後5時過ぎ、六国見山の山頂で、瞑想していた。すると、チッ、チッというアオジの鳴き声に混じって、「ホーホケキョ」という鳴き声が聞こえていた。まさか、ウグイス?ちょっと早すぎないか。空耳かもしれない。しばらく耳を澄ましていると間違いなく、「ホーホケキョ」の鳴き声が数回聞こえてきた。練習過程のたどたどしい鳴き声ではなく、完成形の鳴き声である。*写真は知人が撮影した台峯のウグイス。 ネットでウグイスの初鳴日を調べてみた。やはり間違いではなさそうである。 でも、ことしは凄く寒い。昨年の2月21日、六国見山のカワズザクラは右の写真のように咲いていた。ことしは下の写真の通り、まだつぼみが開いていない。不思議なことがあるものだと首をひねりながら、頂上を後にした。![]() ウグイスで思い出した。今日の午後、農業の師匠の大平勝さんのお宅へ野菜を買いに伺った。大平さんの梅の木にウグイスが止まっていた。あわててデジカメで撮ろうと思ったが、飛び去ってしまってキャッチできなかった。残念!それにしても大平さんのお宅の梅の木は立派だ。 ![]() ![]() ![]() ![]()
「鎌倉禅研究会(建長寺、原則毎月1回) 目指すは「現代版寺子屋」の復活! ![]() 建長寺・応供堂で開催される、平成18年前半の「鎌倉禅研究会」の日程をお知らせします。上記の通りです。 ▽次回は3月16日(木)午後1時~午後4時半 「鎌倉禅研究会」は、建長寺の高井正俊宗務総長の提唱で、平成16年にスタートした。今年で3年目を迎える。2月は既に終了したが、次回は3月16日(木)午後1時~午後4時半まで。 研究会は原則として月一回のペースで開かれる。中身は「大覚禅師(建長寺開山・蘭渓道隆)語録を読む会」、「建長寺編纂史料集を読む」、「鎌倉禅に造詣の深い特別講師による研究発表」の3本立て。 高井宗務総長は「この会は僧侶、社会人、学生と、できるだけ多くの方々の聴講、参加を願うものです」と、市民に参加を呼びかけている。会費は無料だが、資料代の代わりに拝観料300円が必要だ。 *問い合わせ先(高井、松本、村田 電話 0467-22-0981) *境内図 ■2006年2月12日の建長寺 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ■建長寺・展望台からの眺望が素晴らしい。この日は富士山が見えた ![]() 今日、2月15日(場合によっては3月15日前後)は、涅槃会(ねはんえ)。仏教の開祖、お釈迦さまが、お亡くなリになられた日である。日本のお寺では、本堂に、お釈迦さまが涅槃に入ったシーンを描いた大きな涅槃図をかけ、法要を行う。 涅槃図には、多くの弟子、王族、老若男女、鳥獣が集まリ、嘆き悲しんでいる様子が描かれている。昨年末、ある場所で般若心経を唱えていたら、猫が膝の上に飛び乗ってきた。人見知りのする猫で、飼い主にさえ、こういう行為はしたことがないそうだ。飼い主が驚いていた。瞬間的に涅槃図のことを思い出した。お経の「周波数」(ほかにいい表現方法が見つからないのでとりあえず…)がこの猫と共鳴したのかもしれない。 ![]() 円覚寺の涅槃会を見学させてもらった。涅槃会は冬期の暁天坐禅会の時間と重なる午前6時過ぎから午前7時過ぎまで、行われた。「山川草木国土悉皆成仏(草も木もみんな仏と同じ尊い生命をもっている)」。お釈迦さまのさとりのことばである。じっくりと涅槃図を眺めた。お釈迦さまのさとりのことばが、真理であることを確信した。 眼前で、厳かに執り行われる涅槃会を見てこうも思った。生きとし生けるもの全ては、大いなる生命体と、「縁」という「糸」でつながっている。その「糸」が切れたとき、大いなる生命体から切り離され、「闇と無音の世界」(涅槃)を漂うことになる。そして、新しい縁が結ばれたときに、蘇る。 人の命は例え10ヶ月だとしても、一生であることに変わりはない。100歳と等価である。お釈迦さまはそう教えている。お釈迦さまの2500年以上前の教えが、今なお受け継がれている事実を目の当たりにして、言い知れぬ感動を覚えた。 ![]() ![]() 今日も月がきれいだった。昨日、今日の暖かさで、梅も次々につぼみが開いている。美しい世界にいる幸せを感じる。かりそめの世界であることは分った。悠久の時の流れとの比較で言えば、お釈迦さまの世界へ行くのも時間の問題だ。でも、そのことを承知の上で、しっかり、生きようと思う。 ![]() ![]() ![]() ![]() < 前のページ次のページ >
|