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東大社銚子神幸祭、千年の真実が今明らかに 8月1日に「第54回東大社式年銚子大神幸祭-総(ふさ)の国の原風景-」を出版するが、この祭のバックグランドを探るために、東大社創建の由来となった「日本武尊の東征伝説」に登場する伝説の舞台及び関連地域を6年間かけて取材した。これまでにも伝説の舞台については折に触れ、ブログで紹介してきたが、すべてを紹介したわけではない。ブログでも詳しくとか或いはまったく紹介できず、かつ「第54回東大社式年銚子大神幸祭-総(ふさ)の国の原風景-」でも触れることのできなかった場所を「東大社式年銚子大神幸祭番外編」としてシリーズで掲載していきたい。 ![]() ![]() 天孫である瓊々杵尊(ににぎのみこと)の降臨の地として伝えられる宮崎県の高千穂峡を訪れたのは2007年10月下旬だった。高千穂峡の神々しい自然は、神話が生まれるに相応しい場所だった。 東大社の祭神の玉依姫は、瓊々杵尊の孫の鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)と結婚し、初代天皇といわれる神武天皇(じんむてんのう) を生んだ。 神武天皇は東征し、大和(奈良県)を平定した。東大社の社伝によれば第十二代景行天皇は東国を平定し、大和への凱旋直前に亡くなった皇子の日本武尊を偲び、東征路を視察するため大和を出発、伊勢(三重県)、相模(神奈川県などを経由し、東大社近くの白旗の郷(幡敷の郷)に船で到着し、東海鎮護のために東大社を建立した。 ![]() ![]() 神武天皇(日本大百科全書:小学館) …45歳のとき、船軍を率いて日向を出発し、瀬戸内海を東へ進み、難波(なにわ)に上陸して大和(やまと)に向かおうとしたが、土地の豪族長髄彦(ながすねひこ)の軍に妨げられ(東征)、方向を変え、紀伊半島を迂回(うかい)して熊野から大和に入り、土豪たちを征服し、ついに長髄彦を倒して、日向出発以来、6年目(『古事記』では16年以上かかる)で大和平定に成功し、辛酉(かのととり)の年元旦(がんたん)、畝火(うねび)(橿原(かしはら)市の地)の橿原宮で初代の天皇の位につき、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)と讃(たた)えられた(大和平定)… *総国の原風景より 古代史には多数の神様が登場する。名前を覚えるだけでも大変だ。読者の理解の一助となるように【東大社略記】に登場する神々の系図を描いてみた。必要な神様だけピックアップした。系図に登場する神々を簡単に説明すると、伊弉諾尊(いざなきのみこと、男神)と伊弉冉尊(いざなみのみこと、女神)は日本の創造神だ。2神は結婚し、伊弉冉尊は大綿津見神(おおわたつみのかみ)や、大山津見神(おおやまつみのかみ)など多くの神々や国々を生んだ。 大綿津見神は、海をつかさどる神であるのに対し、大山津見神は、山をつかさどる神だ。天照大神(あまてらすおおみかみ)は、天皇家の祖先神として伊勢神宮(内宮)に祀られている。伊奘諾尊が禊ぎで、左目を洗った時に生まれ、多くの神々が住む高天原(たかまがはら)を統治した。弟の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に心を痛め、天の岩戸にこもり、国中が暗闇になったという神話がある。天忍穂耳命(あめのおしおみみのみこと)は、天照大神と、素戔嗚尊のウケヒ(占いの一種)によって生まれた神様だ。 瓊々杵尊(ににぎのみこと)は、天照大神の孫である。天孫として、三種の神器を与えられ、高天原から日向(九州の南部)に降り、皇室の祖先になった。木花開耶姫(このはなさくやひめ)は、大山津見神の娘。火遠理命(ほおりのみこと)は、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の子で、山幸彦で知られる。 ![]() 天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ、出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) 宮崎県西臼杵郡高千穂町にある神社である。岩戸川を挟んで東本宮と西本宮がある。旧社格は村社で、神社本庁の別表神社。西本宮の旧称は「天磐戸神社」、東本宮は「氏社」であった[1]が、明治4年(1871年)にそれぞれ「天岩戸神社」、「氏神社」と改称し、昭和45年に合併、現在のごとく天岩戸神社東西両本宮を称すようになった。祭神 ・大日孁尊(おおひるめのみこと)(西本宮) ・天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)(東本宮) どちらも天照大神のことであるが、西本宮は岩戸川対岸の断崖中腹にある「天岩戸」という岩窟を神体とし、この岩窟は日本神話に登場する天岩屋であると伝える。また、同じく西本宮にある御旅所には配祀神である天鈿女命・手力男命・大年神・素盞嗚尊・日子穗穗手見命・豊玉毘売命、菅原道真公の7柱を祀っている。 天岩戸神社(西本宮)は創祀の時代を詳かにしないものの、岩窟(天岩戸)を神体とするのは、古くからの信仰形態を示すものであるとされる。社伝によれば、瓊瓊杵尊が天岩戸の故事を偲び、その古跡に鎮祭したのが起源。 ![]() 第54回東大社式年銚子大神幸祭 -総(ふさ)の国の原風景- 神幸祭、千年の真実が今明らかに(帯の文章)20年に一度、千年の歴史を持つ東総地区最大の例大祭を完全密着ルポ!テーマは万物生成の源への敬虔な祈りと深い感謝。2泊3日、往復約60キロの時空で展開された厳かな神事と華やかな時代絵巻の供奉。オオジン、オタチアレ!『原郷』回帰への果てしなき夢とヤマトタケル東征伝説に彩られた『千古不変の世界』。そこからは地域と日本の成り立ち、再生への確かな道筋が見えてきた。 目次 推薦の言葉 第77代東大社宮司 飯田 篤永 はじめに 第一章【神事ルポ】海は遥かなる異界であり他界 -神を畏れ、敬う素朴で真摯な祭祀- 文 野口 稔 写真 野口 玲 ・往古は十二基の神輿が出御 ・観客21万人の総力戦 ・火花散った関所のやり取り 第二章【芸能ルポ】華やかな時代絵巻に酔いしれる 文 片桐 務 写真 島村 国治 ・倉橋の弥勒三番叟(みろくさんばんそう) ・羽計の雲助と大名行列 ・今郡の源頼朝公富士の巻狩り ・東今泉の下座・手踊り ・宮原の下座・手踊り ・石出の下座・手踊り ・粟野・八重穂の大漁丸薬売り 第三章東大社は大和朝廷の前進基地 -東征伝説の舞台は陸奥国への最短路- 第四章 宮三部家のルーツは筑紫国の海神族 -親子2代、正統を追求した山口尚さんを偲んで- 第五章 「三社式年銚子大神幸祭」は歴史の改ざん -「東大社式年銚子大神幸祭」に戻すべきだ-
by kitakamayunet
| 2010-06-10 09:11
| 式年東大社銚子御神幸祭
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