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里山は超魅力的な観光資源:浄智寺のフォーラムで講演 一行を爽やかなオカタツナミソウがお出迎え ![]() ![]() 5月8日、六国見山森林公園展望台で、藤崎健一郎専任講師が率いる日本大学生物資源科学部緑地環境科学研究室(3年生約20名、4年生約20名、大学院生1名、教員3名)の皆さんをお迎えし、六国見山の歴史や北鎌倉湧水ネットワークの重点事業である「鎌倉の美しい里山継承プロジェクト」について、説明した。学生は造園関係を勉強中という。六国見山森林公園展望台 ![]() 藤崎専任講師らの鎌倉訪問は「かちあるき2015 ~鎌倉時代の残り香を味わう旅~」というタイトルの実習で、「鎌倉の歴史や地形・地質、自然などを肌で感じること。鎌倉は歴史ある場所であり、その歴史は鎌倉の地形や自然に基づいたものである。この自然を実際に歩いて、鎌倉で積み上げられた歴史の背景を理解する。今回、天園・葛原ヶ岡の二つのハイキングコースを回り大平山と六国見山に登る。自分の足で登って眺める爽快感を味わって欲しい。そして、かちあるきを通して研究室所属生(3・4年生、院生)相互の交流を深める」が狙い。 夫婦桜の雄姿に「こんな大きなヤマザクラは見たことがない」と驚きの声が ![]() 藤崎専任講師と知り合ったのは昨年の5月10日。北鎌倉・浄智寺で開催された「国際観光デザインフォーラム2014 第3回 『かまくらのやまみち』」に講師として招かれ、「里山は超魅力的な観光資源」という演題で講演した時にご一緒した。何回も強調してきたが、里山再生には若い世代の参加が不可欠だ。六国見山で若い世代に話すチャンスを与えてくれた藤崎専任講師には深く感謝をしたい。 ![]() あっちゃんこと里山インストラクターの葉山厚さん製作の間伐材を有効活用した椅子は大好評だった。 ![]() 南口広場でご一行とお別れした。 ![]() 実習参加者には資料として「里山ってなんだ!『やま』の手入れはなぜ必要なの?鎌倉の美しい里山継承プロジェクト3年間の足跡」の中から、下記の部分を抜粋し、印刷して配布した。 【歴史の確認】六国見山は里山、段々畑と雑木林で構成 海抜147メートルの六国見山の名は、かつて相模、伊豆、武蔵、上総、下総、安房の六国が一望できたことに由来している。大船方面から見ると左側に広がる緑地で、右側には台峯が位置している。六国見山は鎌倉の典型的な里山で、1千年以上前から人間との営みの中で自然が成り立ってきた。1965年、六国見山の所有者が「北鎌倉台土地区画整理組合発起人会」を設立したことで、六国見山は大きな変貌を遂げた。区画整理事業の完成は2003年。この事業により六国見山に約350世帯が住む高野台住宅と六国見山森林公園が誕生し、人と自然の新たな関係がスタートした。 「…今から約一万年~八千年前になると氷河期が過ぎ気温も上昇し、海面の高さも上がって内陸部に海水が入り込みはじめ、海進現象がはじまっている。海進が最も進んだのが今から六千~五千年前の縄文海進期。海抜約二十メートルのあたりまで海岸が入り込んで、大船入江が形づくられた時代で、丘陵山裾まで海岸線が迫っていた。…弥生時代(約二千年前)になると海面が下降して海退現象が始まり、海水が引いたあとは湿地帯となっていた。弥生中期頃になると中国大陸で発達した水稲耕作と金属を持つ新しい文化が鎌倉地方にも伝わり、土器が使用されるようになった。やがて湿地帯が陸に変わり、水稲耕作に適した谷や低地のある日当たりの良い丘陵が新しい生活の場として選ばれたものと思われ、粟船山・台・鎌倉山などお丘陵地に遺跡が多く発見されている」(「大船の歴史」北鎌倉台土地区画整理組合) 多くの鎌倉市民が展望台を六国見山の山頂と思っているかもしれないが、それは違う。山頂は展望台から270メートル離れた北東の位置にある。展望台の高さは143.84メートルで、山頂は147.31メートル。途中に稚児塚があり、稚児塚までが六国見山森林公園(市有地)で、ここから先は私有地だ。川上克己さんが撮影した写真や北鎌倉台土地区画整理組合が編集した「完成記念誌」と「大船の歴史」に掲載された写真、先祖代々住んでいる人の証言によれば、六国見山は段々畑と雑木林、一部が針葉樹林で構成されていた。約60年間、手入れ放棄で森が荒れたため、中をうかがい知ることができなかったが、3年間の里山継承プロジェクト推進の結果、この歴史的な事実を明確に確認できた。 本書執筆の過程で、協力していただいた北鎌倉台土地区画整理組合の関係者から「わたしはこの土地に生まれ、里山の維持管理をする親たちの後ろ姿を見ながら育ちましたが、この歳になりやっとその価値が分かり始めたというボンヤリ者です。頭が下がります」とのメールをいただいた。やっていることが間違いではないことが分かり、とても嬉しかった。 【稚児塚】(「大船の歴史」) 六国見山の南東にある山道を少し歩くと、十メートルくらいの平場があり、中央につげの大樹がある、その脇に宝篋印塔(ほうきょういんとう、墓塔・供養塔などに使われる仏塔の一種)の一部が残された墓がある。 『相模風土記』によれば「六国見ノ南方。山上ニアリ。上に石碑ヲ建。半ハ地中に陥入レリ。而ニ悉曇(しつたん、梵字)」ノ字仄カニ見ユ。染屋太郎大夫時忠ガ兒ノ墳ナリト伝フ。」とあり。古老の伝えによると、その昔、由井の長者染屋太郎大夫時忠公の三才の姫が鷲にさらわれて、その死体がこの地に落ちていたのを里人が見つけ知らせてところ、時忠公この地に立派な墓を造り、その菩提を弔ふため里に観音像を造立したという。今もこの観音像は多聞院に安置されている。 【六国見山と浅間大神】(「大船の歴史」) 町内の東南方に六国見山がある。登頂するには、長窪方面と高野方面の二つの道があり、それぞれに道標がある。この道標は当地の「大船壮年会」が昭和四十二年に設置し、現在十二ケ所に道標があり、登山者の道しるべとして喜ばれている。…現在、この六国見山の山頂には「浅間大神」の石碑と下方に小さな「小御岳大神」(破損)の石碑が建っている。この浅間大神の碑は、明治の中期に当時この土地の人々でつくられていた富士講「真講社」の講中の者が毎年富士山頂の浅間神社へ参詣に行っていたが、これでは大変なので大船に一番高い六国見山の山頂に土盛りをし、さらに三メートル位高くして、その頂上に浅間大神の御霊を移し祀ったもので、昭和十二、三年頃までは盛大なお祭りがおこなわれていた。 はじめに チャッ、チャッ、チャッ。 源頼朝像のある源氏山公園近くの笹藪から野鳥の鳴き声が聞こえてきた。今から20年近く前、自然観察会に参加したときのことである。「これが春を告げるウグイスの笹鳴きです。鎌倉はウグイスの面積当たりの生息密度が日本一と言われています」。ガイド役が誇らしげに教えてくれた。当時、横浜から北鎌倉に転居したばかりだった。鎌倉は自然が豊かだ。ウグイスの笹鳴きもこのことの象徴なのか。いたく感動したことを今でも鮮明に覚えている。 しかし、里山と関わるうちにウグイスの笹鳴きは、鎌倉の自然の豊かさの象徴ではないことが分かってきた。里山は「田畑が広がり、小川が流れ、燃料になる木を伐り出す林、竹林、草刈場などがあり、人のくらしと自然が密接にかかわりあっているところ」(「森づくりワークブック 雑木林編」全国林業改良普及協会)。昭和30年代の燃料革命と農業革命によって、人のくらしと自然のかかわりがスパッと断ち切られてしまった。 悪いことは重なる。戦後復興による木材需要の増大に対応した政府の拡大造林政策が里山の荒廃に拍車を掛けた。拡大造林政策により、里山はスギ・ヒノキの人工林に変貌した。しかし、木材の輸入自由化がスタートし、国産材は低価格な輸入材に太刀打ちできず、人工林は放置されたままになってしまった。ウグイスが好む笹藪の増加は、鎌倉の自然の豊かさの象徴ではなく、鎌倉の里山の荒廃の象徴なのだ。 北鎌倉湧水ネットワークは2011年1月から、六国見山を最初の舞台に、鎌倉の荒廃した里山を再生し、人と自然が交流できる明るく美しい里山として次世代に継承するための「鎌倉の美しい里山継承プロジェクト」を本格的にスタートさせた。荒れ果てた里山を放置しておくことは、倒木や土石流災害発生の危険性、日照、積雪時の道路の凍結、節電への妨げ、花粉症の発症などさまざまな問題をはらんでいる。同時に本来の「里山」でない姿を「里山」だと誤って子どもや孫に伝えることになる。 「『緑』はある種『宗教』だ」とわたしは考えている。赤坂信・千葉大学園芸学部教授は「『緑』はイデオロギー」と言う。「自然はそのままがいい」「“聖域”である六国見山に人が立ち入るのは好ましくない」「ウグイスが棲めなくなってしまう。アズマネザサを刈らないで」「アオキは保水力維持に役立ち、ヒヨドリの餌になる。だからアオキは伐らないでほしい」「間伐するとプライバシーの侵害になる」。里山の手入れに関してはさまざまな意見が寄せられた。地道な活動を通じて、こうした意見に適切な答を出していきたい。
by kitakamayunet
| 2015-05-10 09:47
| 鎌倉の美しい里山継承PJ
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