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12日、2月に入って初の暁天坐禅会に参加した。会場は仏殿。坐禅会終了後、仏殿の外から、本尊の宝冠釈迦如来と呼ばれるお釈迦様の像の前で、明確な願いを込めて、般若心経、妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五・偈を唱えた。 仏殿の左横の梅の木に春の訪れを告げる白い花が一輪咲いていた。寒さは相変わらず厳しい。しかし、間違いなく春が「ここ」にいる。時の刻みは正確だ。円覚寺塔頭の雲頂庵の前の日当たりのいいがけ下では白梅が、好々亭の庭では紅梅、六国見山の麓では水仙が咲いていた。![]() ![]() ![]() ![]() 【参考】 ▽寂しさの中に春の如き光を放つもの 最近、お経について触れたすばらしい文章に巡り会った。「…新潟に良寛の絵ばかりを描いていたこしの干涯という画家がいました。わたしはこの人の画室の入口にかかげていたという次の言葉が好きで、事あるごとに書いては、自分の生き方をかえりみています。それは次の言葉です。『お念仏は人間が何かを求める声と知るべし。されど、その答えなし。寂しきものなり。しかれどもその寂しさに徹した時、心の中にその答えをきくものなり。これを妙というほかなし。かくのごとき境地に至る人の相貌(ぼう)は、春に咲く紅椿の如く寂しさの中に春の如き光を放つものなり』…こしの干涯の良寛の姿は童画のなかから出てきた子どものようで、とても他の人には描けない良寛です」(「やさしいお経の話」小島寅雄著、文芸春秋) 良寛は江戸後期の曹洞宗の禅僧で、「生前、説教はせず、寺も持たず、著書も残さなかった。だが、その存在からにじみでるような徳望の高さの点では、屈指の存在だった」(禅の本、学研)。 お念仏は人間が何かを求める声と知るべし ―体験!「般若心経」・お経の功徳を考える―より抜粋 ○摩訶般若波羅蜜多心経(般若心経)―262文字に込められた大乗仏教のエッセンス― 「まか」は大きく優れている、「はんにや」は智慧、「はらみた」は到彼岸、「心経」は中心となるお経という意味。「『真実の智慧の究極』という意味…内容は『くう』つまり『こだわらないこと』の思想を簡明に述べたもので…大いなる智慧の完成こそが『空』を悟る道であり、それが彼岸への道であることを教えているのです」(「ひろ さちやの仏教なるほど百科」、世界文化社)。 大乗仏教のエッセンスが凝縮されているといわれる般若心経は、日本の各宗派で熱心に読まれている。しかし、浄土宗と浄土真宗では読まない。浄土教では往生に必要なのは「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えるだけで十分であり、密教とか坐禅は不必要と考えているためだ。 ▽摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみたしんぎょう) 観自在菩薩(かんじざいぼさ) 行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみたじ) 照見五蘊皆空(しょうけんごおんかいくう) 度一切苦厄(どいっさいくやく) 舎利子(しゃりし ) 色不異空(しきふいくう) 空不異色(くうふいしき) 色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき) 受想行識(じゅそうぎょうしき) 亦復如是(やくぶにょぜ) 舎利子(しゃりし) 是諸法空相(ぜしょほうくうそう) 不生不滅不垢不浄(ふしょうふめつふくふじょう) 不増不減(ふぞうふげん) 是故空中(ぜこくうちゅう) 無色無受想行識(むしきむじゅそうぎょうしき) 無眼耳鼻舌身意(むげんにびぜっしんに) 無色声香味触法(むしきしょうこうみそくほう) 無眼界乃至無意識界(むげんかいないしむいしきかい) 無無明亦無無明尽(むむみょうやくむむみょうじん) 乃至無老死(ないしむろうし) 亦無老死尽(やくむろうしじん) 無苦集滅道(むくしゅうめつどう) 無智亦無得(むちやくむとく) 以無所得故菩提薩捶(いむしょとくこぼだいさった) 依般若波羅蜜多故(えはんにゃはらみったこ) 心無罫凝(しんむけいげ) 無罫凝故(むけいげこ) 無有恐怖(むうくふ) 遠離一切顛倒夢想(おんりいっさいてんどうむそう) 究境涅槃(くぎょうねはん) 三世諸仏(さんぜしょぶつ) 依般若波羅蜜多故(えはんにゃはらみたこ) 得阿辱多羅三貌三菩提(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい) 故知般若波羅蜜多(こちはんにゃはらみた) 是大神呪(ぜだいじんしゅ) 是大明呪(ぜだいみょうしゅ) 是無上呪(ぜむじょうしゅ) 是無等々呪(ぜむとうどうしゅ) 能除一切苦(のうじょいっさいく) 真実不虚(しんじつふこ) 故説般若波羅蜜多呪(こせつはんにゃはらみたしゅ) 即説呪曰(そくせつしゅうわつ) 羯諦 羯諦(ぎゃていぎゃてい) 波羅羯諦(はらぎゃてい) 波羅僧羯諦(はらそぎゃてい) 菩提薩婆訶(ぼじそわか) 般若心経(はんにゃしんぎょう) ◎妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五・偈 世尊妙相具 せーそんみょうそうぐ 我今重問彼 がーこんじゅもんぴ 仏子何因縁 ぶつしがーいんねん 名為観世音 みょ ういかんぜおん 具足妙相尊 ぐーそくみょうそうそん 偈答無尽意 げーとうむーじんに 汝聴観音行 にょちょうかんのんぎょう 善応諸方所 ぜん のうしょほうしょ 弘誓深如海 ぐーぜいじんにょかい 歴劫不思議 りゃつこうふーしーぎ 侍多千億仏 じーたーせんのくぶつ 発大清浄願 ほつ だいしょうじょうが ん 我為汝略説 がーいーにょーりゃくせつ 聞名及見身 もんみょうぎゅけんしん 心念不空過 しんねんふーくうか 能滅諸有苦 のう めつしょーうーく 仮使興害意 けーしーこうがいい 推落大火坑 すいらくだいかきょう 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 火坑変成池 かーき ょうへんじょうち 或漂流巨海 わくひょうるこーかい 龍魚諸鬼難 りゅうぎょしょきーなん 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 波浪不能没 はーろうふーのうもつ 或在須弥峯 わくざいしゅみーぶ 為人所推堕 いーにんしょーすいだー 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 如日虚空住 にょ にちこーくうじゅう 或被悪人逐 わくひーあくにんちく 堕落金剛山 だーらくこんごうせん 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 不能損一毛 ふのうそんいちもう 或値怨賊繞 わくちーおんぞくねう 各執刀加害 かくしゅーとうかがい 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 咸即起慈心 げんそくきじしん 或遭王難苦 わくそうおうなんく 臨刑欲寿終 りんぎょうよくじゅじゅう 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 刀尋段段壊 とう じんだんだんね 或囚禁枷鎖 わくしゅーきんかーさー 手足被柱械 しゅそくひーちゅーかい 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 釈然得解脱 しゃくねんとくげだつ 呪詛諸毒薬 じゅうそしょどくやく 所欲害身者 しょよくがいしんじゃ 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 還著於本人 げん じゃくおほんひん 或遇悪羅刹 わくぐーあくらーせつ 毒龍諸鬼等 どくりゅうしょきとう 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 時悉不敢害 じしつぷーかんがい 若悪獣囲繞 にゃくあくじゅいねう 利牙爪可怖 りーげーそうかーふ 念彼観音力 ねんぴーかんのんりき 疾走無辺方 しつそうむーへんほう 玩蛇及蝮蠍 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衆中八萬四千衆生 しゅうちゅうはちまんしせんしゅうじょう 皆発無等等 かいほつむとうどう 阿耨多羅三藐三菩提心 あーのくたーらーさんみゃくさんぼだいしん 【訳文】 妙なるお姿を具えておられるお釈迦様、私は今、重ねてお伺いいたします。お釈迦様のお弟子のあの方を、どういうことから観音様とお呼びするのでしょうか。妙なるお姿のお釈迦様は偈により無尽意菩薩様にお答えくださいました。 あなたは、よくお聞きなさい。観音様はいろいろなことをしてくださる方です。それは深い海のようにしっかりお誓いくださっています。どんな時が経っても、変わることはありません。それは、たくさんの仏様にお仕えし、素晴らしい清浄をしておられるからです。 それではあなたのために、概略をお話しましょう。観音様のお名前を伺い、そのお姿を拝見して、よく心に念じ、空しく時を過ごさなければ、いろいろな苦しみがあっても、それらは消滅するのです。たとえよからぬ気持ちで大きな火の燃えている穴に落とされても、「観音様、お助けください」と念じたならば、火の穴は池と変わるでしょう。 あるいは大海を漂流して、龍や魚などのいろいろな鬼神に襲われても、「観音様、お助けください」と念じていれば、波間に呑まれてしまうことはありません。あるいは須弥山(しゅみせん)に登って、誰かに突き落とされても、「観音様、お助けください」と念じていれば、大空の太陽のように天空にとどまるでしょう。 あるいは悪人に追われて金剛山から墜落したとしても、「観音様、お助けください」と念じていれば、一本の毛さえも損なうことはありません。賊に囲まれ、いろいろな人が刀で襲いかかっても「観音様、お助けください」と念じていれば、みんな慈悲の心を起こすのです。 あるいはわがままな王様に苦しめられ、いよいよ刑場に臨み、命が終わろうとしても、「観音様、お助けください」と念じていれば、刀は次々と壊れてしまうでしょう。あるいは囚われて、枷や鎖に手足がつながれていても、「観音様、お助けください」と念じていれば、その縛(いましめ)は解け、解放されるでしょう。 呪いやいろいろな毒薬で、その身に害が及ぼうとしても、「観音様、お助けください」と念じていれば、その害悪は呪った本人に戻るでしょう。あるいは悪い毒龍などいろいろ悪いものが出てきても、「観音様、お助けください」と念じていれば、その時みんな害をしなくなるでしょう。 もし悪い獣に囲まれて、鋭い牙や爪が恐ろしくても、「観音様、お助けください」と念じていれば、悪いものはたちどころにはるか彼方へ走り去るでしょう。毒蛇やマムシ、サソリが毒を炎のように吹きかけても、「観音様、お助けください」と念じていれば、たちどころに逃げ出すでしょう。 雷雲で稲妻が光り、あられや大雨が降ってきても、「観音様、お助けください」と念じていれば、たちまちにしてそれらは消えうせるでしょう。人々が疫病に襲われて、たくさんの苦しみに身を攻められても、観音様の妙なる知力は、世間の苦しみから救ってくれるでしょう。 神通力を持っておられ、広い智恵と方法でどこの場所にも現れてくださるのです。いろいろな悪しきこと、地獄、鬼、畜生、生老病死などの苦しみは、みんなこれで無くなるでしょう。真実を見る目、清らかな目、広大な智恵の目、哀れみの目、慈しみの目など、これらを常にそうありたいと願い、常に素晴らしいと仰ぎ見るのです。 穢れない清らかな光、智慧の光は、すべての暗闇を破り、災いの風や火を抑え、広くどこまでも明るく世間を照らすのです。偉大な慈悲のお姿には、雷鳴の鳴り響くような厳しさが見られます。慈悲あるお心は素晴らしく大きな雲のようで、ありがたい仏法をお与えいただき、煩悩の炎を除いてくださるのです。 訴訟により法廷で争い、戦場で恐ろしくなり、「観音様、お助けください」と念じていれば、すべての怨みは退散するのです。観音様は妙なる音をお持ちですし、梵鐘(ぼんしょう)の音、潮騒の音もお持ちで、世間のどんな音にも勝った音をお持ちです。それゆえに常に念じるのです。 疑わないで念じなさい。観音様は清らかなお方で、苦悩や死、災いにあった時は、まさにそのよりどころとなるのです。一切の功徳を備え、慈悲の目によって人々をご覧になる。その福徳の集まりは、大きな海のように計りしれないほどなのです。だからこそ礼拝をするのです。 その時、持地菩薩はただちに座から立ち上がり、お釈迦様の前に出て申し上げました。「お釈迦様、もし人々が観音様の章のところで述べられている、どこにでも現れるという自由自在の行為である神通力を理解いたしますと、その功徳は大変なものでございます」 お釈迦様がこの普門品を説かれた時に集まった八万四千ものたくさんの人々は、みなこのうえない、最高の悟りをいただこうと決心したのでした。 (訳:朝比奈 宗泉・浄智寺閑栖)
by kitakamayunet
| 2006-02-12 08:34
| 春夏秋冬
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Trackback(6)
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Comments(4)
正に写経です。重みのある読経と存じます。
春間近。背筋を伸ばして、頑張りまーす。
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こしの干涯さんの言葉が好きです。
よ~そろさん、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。
昨年、良寛の故郷訪ねてきました。「良寛の町」で千葉県ゆかりの二人の聖人の足跡を確認!http://kitakamayu.exblog.jp/pg/blog.asp?eid=c0014967&iid=12&acv=&dif=&opt=2&srl=2824500&dte=2005%2D10%2D04+07%3A31%3A28%2E000
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