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人生は楽しい会話、美味しい料理、旨いお酒が揃うととこんなにも幸せ! 「第29回・東京一の蔵を楽しむ会」(11・14 パレスホテル) 12月21日、第78回東京はなもく会のゲストスピーカーに招かれ、 「私の居場所は『生涯一記者』」というタイトルで、話題を提供した。はなもく会は、毎月第3木曜日(8月は第4木曜日)、銀座・歌舞伎座裏手のCAFE 論談(ろんだん)を貸し切って開催されている情報交流&手作り食事会だ。異業種交流会である。はなもく会のメンバーである(有)ビジネス・コーディネーティング・センター代表の森本 陽子さんから声がかかった。 この日は「第3回団塊サミットin丹沢」の全体会・シンポジウムでの発言をさらに詳しく話した。それにしても世間は狭い。参加者の中に大学の先輩がお二人おられた。さらに、元上司の親戚の方、会社の有力加盟社の編集委員、関連会社のクライアントの方も。![]() ![]() ![]() 人生は楽しい会話、美味しい料理、旨いお酒が揃うととこんなにも幸せだ!参加者の顔はそれを如実に物語っている。今回が78回目ということだが、長く続いている理由が分った。楽しいから人は集まる。参加者の一人は「はなもく会は、もともとは仙台からスタートした。来年は仙台で開催したい」と言っていた。![]() ![]() ![]() 第78回 東京はなもく会 2006年12月例会のご案内(1グル-プ) ![]() ◆日時: 12月21日(木) 19時開会~21時15分終了 ◆会場: CAFE 論談(ろんだん) ~貸切利用~ 中央区銀座4-13-18 医療ビル半地下 電話 03-3543-9795 地下鉄日比谷線東銀座駅3番出口を出ると、歌舞伎座玄関前の晴海通ですが、出たままの方向(晴海方向)に約25メ-トル歩いて、歌舞伎座が終わった所を、左へ折れ、100メ-トル先の右、風林火山の隣り。歌舞伎座の東斜め裏。 ◆会費: 3500円 ◆形式: 30分程度お話を伺った後ゲストを囲んでの立食パーティー ◆ゲストスピ-カ- 野口 稔(のぐち みのる)氏 ◆演題 「私の居場所は『生涯一記者』」 ◆ゲスト略歴 1948年千葉県生まれ。千葉県立佐原高卒、一橋大学経済学部卒。72年共同通信社入社。福岡支社、長崎支局、大阪支社経済部、本社経済部などを経て2004年7月から本社メディア局編集部担当部長。任意団体・北鎌倉湧水ネットワーク代表。NPO法人『北鎌倉の景観を後世に伝える基金』前理事。著書に『北鎌倉発 ナショナル・トラストの風』「団塊世代よ、帰りなん、いざ故郷へ!」 (いずれも夢工房)。自分本来の居場所を探すことなどに目的に団塊サミットを提唱。 【配付資料】 シリーズ「団塊サミットin丹沢」第5回:全体会・シンポジウム居場所は『生涯一記者』、そして『レヴィン文化財プロジェクト』の成就 団塊世代よ、セカンドライフをどう生きる! コーディネーター 松田 輝雄(元NHKアナウンサー、すぎなみ地域大学学長) パネリスト 大峯 伸之(朝日新聞大津総局長・前大阪本社論説委員) 岡 進(NPO法人自然塾丹沢ドン会理事長) 木谷 正道(まちの音楽家たち・東京都総務局局務担当部長) 野口 稔(北鎌倉湧水ネットワーク代表) ![]() 北鎌倉の台峯緑地をナショナル・トラストの手法で、保全することを目的に、約10年前に誕生した「北鎌倉の景観を後世に伝える基金」(台峯トラスト)への参加が、私の地域デビューとなった。ジャーナリズムの世界に入った自分が本当にやりたかったことは、なんだったのか。一足早い地域デビューは、このことを自らに対し、問い直す機会となった。団体の名称、規約、シンボルマーク、チラシづくり、メディアへの対応、イベントの開催、機関誌の創刊など、台峯トラストの広報担当として、マスコミの世界で培ってきたノウハウをフル投入した。 機関誌第2号で、写真を使用し、台峯緑地にはいかに貴重な生態系が残っているかをアピールしたかった。40年近く台峯の自然を撮り続けている市民がいることを知った。地権者との関係などから、名前を出さないことを条件に、彼は機関誌への写真の掲載を快諾してくれた。 機関誌が完成したので、まっ先に彼に届けた。「お父さん良かったね」。奥さんが労いの言葉をかけると、彼は「嬉しい」と男泣きをした。機関誌の発行部数はわずか2000部。メディアの世界では、ビッグニュースを書けば、一瞬にして何千万人の人々に伝わる。例え、少数意見でも、大切だと思うことを伝えたくて、ジャーナリストを目指した。機関誌は部数が少なくとも貴重な記録として残され、後生に伝わる。マスメディアの世界だけが、ジャーナリズムの世界ではない。伝えるルート、手段はいくらでもある。『生涯一記者』。自分の生き方はこれだ!この瞬間、そう心に決めた。 「セカンドライフの一つの選択肢として、そのノウハウを故郷の活性化のために使ってみてはどうか。故郷の定義は、実際の故郷に限定するのではなく、第二の故郷、あるいはお気に入りの地域、大切に思う場所というふうに拡大して考えたい」。第1回団塊サミット(http://www.kitakama-yusui.net/dankai/dankai.html)で私はこう訴えた。私の『帰りなん、いざ故郷へ!』の意味は、30年間メディアの世界で培ってきたそのノウハウを故郷の再生のために捧げることだ。 具体的には詩集『レヴィンの系譜』(http://www.kitakama-yusui.net/9/dengon11.html)を故郷・東庄町の『文化財』にすることを目的にした「レヴィン文化財プロジェクト」(http://www.salaryman-style.com/BN/huukeiBN48.html)の成就である。今年5月と6月に開催した「渾身レヴィン追悼コンサート!盧佳世の祈り―故郷再生と交通事故撲滅の願いを込めて―」(http://www.kitakama-yusui.net/9/dengon14.html)は、そのための第一歩である。レヴィン追悼コンサートin東庄(http://www.kitakama-yusui.net/5/2006/2.htm)、レヴィン追悼コンサートin建長寺(http://www.kitakama-yusui.net/5/2006/3.html)の成功で、手応えを感じた。 一足早い地域デビューに当たって、私はこれからの市民運動はどうあるべきか、自分なりに考えてみた。「分散型市民運動」(http://www.salaryman-style.com/BN/huukeiBN9.html)という考え方が、成立するのではないか。瞬間的に閃いた。団塊サミットを含めた10年間の地域活動は、「分散型市民運動」の実践でもあった。![]() *「分散型市民運動」 この考え方は、大型コンピューターの「集中管理」からインター ネットによる「分散管理」へと移行した時代の流れにヒントを得た。大型コンピュー ターの時代は、政党や労働組合などに代表される大きな組織が情報、ノウハウ、人材 などを一手に抱え込み、市民運動を集中管理していたのではないか。これに対し、インターネットの時代は、自立した個人の参加する自立した小さな市 民組織が、それぞれの特徴を生かして、ネットワークを組む。これにボランティアに 理解のあるプロが、その役割を積極的に提供する。そうなると政党や労働組合に依存 しなくても、市民が主役の本物の市民運動が展開できるのではないかと考えた。 なぜ団塊サミットとネーミングしたか。理由は二つ。一つはギャグ。もう一つは、元々個人は一人一人が独立しており、「親分」であるからだ。でも、組織に入れば、格付けされて、「親分」ではなくなる。しかし、リタイアすれば、全員が「親分」に戻る。「親分」同士が、一堂に会し、これからの生き方を話し合おう。そんな思いが込められている。 *人はだれもが1(ワン)―団塊サミットの発想―(http://secondlife.yahoo.co.jp/business/supporter/article/a1050107_00068.html)
by kitakamayunet
| 2006-12-22 06:11
| 講演・寄稿・メディア
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Trackback(30)
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Comments(2)
それにしてもはなもく会7時から始まる話題提供時間、終わりの7時半ぴったり終了はさすがではありましたが、招待講師開始時間7時に会場入りには、ひやひやものでした。
一瞬走れメロス状態。 なにはともあれ、会場は野口節が熱気と酒気とあいまってほどよい加減のはなもく会、今年の締めにふさわしい雰囲気でした。 幹事からも感謝の言葉がこちらに届いておりましたよ。
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ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。近くにいること電話すればよかったですね。出口閉鎖でタイムロスしました。
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