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野口初太郎と大利根用水:故郷(千葉県・東庄町)の表情 取材ノート(1) 「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」(仮題) 施工前に想いをよせ、末永く幸福と発展の原動力として利用せられんことを 利根川水郷大橋で昭和天皇に両総用排水事業の説明をする野口初太郎 ![]() 2007年1月12日から13日にかけて、千葉県香取郡東庄町に帰省した。実家への年始の挨拶、今年の故郷でのレヴィン文化財プロジェクトのイベント内容の相談、野口初太郎伝を書くための、事前取材が目的だった。成果があった。初太郎の遺族から1月22日、克明な日記(「不屈の80年 自叙伝」)、貴重なアルバム、私の亡き父・新(あらた)から初太郎宛の手紙、資料などが届いた。時間をかけて初太郎の思いを1冊の本にまとめてみたい。「不屈の80年 自叙伝」のボリュームは、A5版ノート3冊。昭和47年(1947年)12月、「視力が弱ったため、乱筆である」との断り書きを付け、「一、家系」から執筆を開始、昭和49年11月20日の自らの88歳の誕生日をテーマにした「三三 米寿」で結んでいる。几帳面な性格だったようで、丹念に日記を付けていた。自叙伝を出版しようと思って、その準備をしていたが、果たせずにこの3年後、91歳でこの世を去った。 *大利根用水事業 利根川の水を、笹川地先で揚水して、香取・海上・匝瑳3郡の旧26カ町村に所在する水田8、000町歩に送り、これを灌漑する事業である。その笹川揚水機場のモーターは、850馬力3台。ポンプは、口径1、350ミリ(約4尺5寸)3台。主要水路は、41、685間(75、8キロ)。そのうち隧道が大小20ケ所(4、353間)にわたっている。……工事期間は、昭和10(1935年)3月の起工式から昭和26年(1951年)11月の竣工式まで、10有6年の歳月を要し、…純工事費だけでも1億8、615万余円(その間、米価は1俵15円から4、000円へ変動)となっている。(大利根用水事業史刊行会が昭和33年発行した「大利根用水事業史」より抜粋)▽「なぜ、初太郎と昭和天皇の写真が」の疑問から出発 あらためて、野口初太郎伝を書こうと考えた出発点を確認したい。出発点は、実家の居間にかかっている初太郎と昭和天皇の写真だ。ど田舎のごく普通の農家の居間に、なぜこの写真がかかっているのか。誰が何のために。一体、初太郎とは何者なのか。そして、昭和天皇に初太郎は何を説明しているのか。次々に疑問とういうか、好奇心がわいてきた。新聞記者の血が騒いできたといっていい。 昨夏、母親のような存在だった一番上の姉が亡くなった帰りに、実家に立ち寄った。姉から見せてもらった初太郎が、亡き父に宛てた手紙でその理由が分った。差出日は昭和49年8月22日。私は昭和43年に地元の高校を卒業後、実家を離れていた。手紙では「あの写真を後世に残して下さる御心持ちには有りがたく感謝の極みであります」と書いてあった。父は私たちに初太郎のことを伝えたかったのだ。▽「福聚寺」の名前に驚く その直後、姉に「鉄牛禅師の志を継いだ人」と、利根川の近くに建立されている「野口初太郎翁頌徳碑」のある場所に連れて行ってもらった。頌徳碑には「…鉄牛禅師の干潟八万石 その語りを受け継いだ人よ ああ 今その水の流れを この目に この耳に この心に伝えた 大利根用水事業の偉大な父よ 黙々とその身を賭し 生涯を九十九里の利水に捧げた われらの敬愛する野口初太郎技師…」と刻まれてあった。以来、徐々に野口初太郎の足跡を辿り始めた。鉄牛禅師をキーワードにネット検索していて、同町小南にある鉄牛禅師が開山の「福聚寺」の名前にぎょっとした。建長寺の高井正俊宗務総長につけていただいた、私の初孫の福ちゃんの戒名と同じだったからだ。福ちゃんは2006年2月8日に誕生日したが、その日が命日になってしまった。へその緒が絡まってしまったのだ。産声も上げることも、光を見ることもなく逝ってしまった。福ちゃんの戒名は「福聚禅童女」。 ▽次の世代に伝えるメッセージがあるはずだ! 故郷のために何かしたいと思っていた。団塊サミットの提案は、そこがベースだ。その過程でレヴィンに出会った。レヴィンとの出会いのあとは、やることすべて、自分が仕掛けているというレベルは超えて、故郷に呼ばれているとか、引き込まれているという感じがする。縁を感じた。いつの日か、なぜ、これほどまでに野口初太郎が大利根用水事業に情熱を傾けたのかを調べてみたいと思った。「利根川」(朝日新聞社)の中で、著者の安岡章太郎は 「…実際、大利根用水は大事業である。しかし、これは必ずしも事業の規模がそんなに大きいという意味ではない。これを『大きい』と感じさせるのは、その完成に要した年月の長さと、背後にあってこれを推進した人たちの意欲と努力と情熱の大きさとである」と書いてくれている。 そこには、私たちが次の世代に伝えるメッセージがあるはずだ。本能がそう教えてくれている。このことは、多分、団塊の世代の果たす役割かもしれない。それはきっと、手紙や写真を大切に保存していた父や野口初太郎、それにご先祖さまの供養になるに違いない。もちろん、福ちゃんとレヴィンに対しても… 初太郎の遺族から送ってもらった資料をベースに、私が初太郎に関して知りたかったことを何回かに分けて書いていきたい。一種の取材ノートといっていい。その集積が一冊の本の形になるだろう。初回は初太郎の略歴、メッセージ、初太郎と昭和天皇の写真についてだ。次回は父と初太郎の手紙を全文公開したい。 (1)【略歴】 野口初太郎(のぐち はつたろう)明治19年(1886年)11月20日生まれ。 明治44年(1911年)3月 攻玉社工学校卒。 明治44年(1911年)7月 千葉県耕地課に奉職。 大正5年~全14年 干潟耕地の新川改良を含む基本計画の樹立および推進をなし、干潟耕地整理事業の計画を樹立したが実現に至らず、次いで大利根用水事業の計画立案に専念する。 昭和8年(1933年)6月 旭耕地出張所長に任ぜられ、大利根用水事業の実現に努力し、昭和10年3月起工す。 昭和8年8月 農業技師高等官5等従6位に叙せらる。昭和11年5月 香取、海上、匝瑳3郡大利根用水改良事務所の開設に際し、初代所に着任。 昭和17年11月 地方技師に任ぜられる。 昭和18年7月 勲6等に序せられ瑞宝章下賜さる。 昭和18年9月 退官して農地開発団に招聘され、両総用水事業の計画立案から実施に当たる。大利根用水事業の一部が同営業団に移された際にこの事業を兼務す。 昭和20年4月 両総農業利水事業出張所長に任ぜられる。 昭和25年5月 両総農業利水事業出張所長を退任、大利根干潟水利組合連合主任技師に迎えらる。 昭和42年3月 大利根干潟土地改良区連合(土地改良法により昭和28年改組)主任技師を退職。大利根用水施設の管理を県営に移管の後結成をみた大利根用水運営委員会終身顧問となる。 昭和53年(1978年)3月16日 逝去享年91歳。 (野口初太郎翁頌徳碑除幕式配布資料から) (2)メッセージ 「…なお願わくば管内農家の方々には施工前の耕地の状況に想いをよせて、この施設を円滑に運営出来得るよう協力せられ、末永く幸福と発展の原動力として利用せられんことを。」(「大利根用水事業史下巻」(千葉県大利根干潟土地改良区連合発行、非売品)より) (3)初太郎と昭和天皇の写真(<初太郎は亡き父「新(あらた)」の叔父だった) 昭和49年8月中の谷津の当主新(私の父、初太郎は新の叔父)より去る昭和21年(1946年)6月6日利根川水郷大橋際に於いて私が天皇陛下(昭和天皇)に両総用排水事業の説明を行いつつある写真、野口家の名誉として額として子孫に残したい故、拡大焼きして届けてほしいとの注文あり。それに応じて送ったら10月13日、新夫妻が孫二人を伴い、礼に来られた。その際、予ねて依頼しておいた先祖新右衛門(私に実家の屋号)の系統について郵送されてあった別紙家系書の説明を受けた。(「『不屈の80年 自叙伝』 陛下と私の写真及び先祖の家系」より)
by kitakamayunet
| 2007-01-24 17:40
| 無名人からの伝言
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Comments(2)
早速、読ませていただきました。祖先のこと気になりますよね。僕の兄(72歳)も祖先を訪ねて調べていたことを想いだしました。続きを楽しみに待っております。
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モンカーさん、ありがとうございます。きっと、そういう年齢に差し掛かったのでしょうね。
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