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11・3「北鎌倉ウォッチング」―探訪!路地裏の神々― 北鎌倉は鎌倉の単なる入り口、通過点ではない! ぶらっと賞受賞プロジェクトの巻頭掲載を想定 11月3日、北鎌倉匠の市同時開催イベント「北鎌倉ウォッチング」―探訪!路地裏の神々―に同行した。このイベントは北鎌倉湧水ネットワークと匠の市主催者の北鎌倉まつづくり協議会の共同企画で実現したもので、春の北鎌倉ウォッチング―探訪!幻の大蛇ザクラ―の秋バージョンだ。北鎌倉湧水ネットワークは、「スローライフ」と「まちづくり」をテーマに掲げたSNS日刊ブログ新聞「ぶらっと!」が制定した第1回ぶらっと賞に応募し、「 千古不変・北鎌倉おとな探偵団プロジェクト」で入賞、賞金20万円を獲得した。 プロジェクトのテーマは北鎌倉の宝探し。通常のガイドブックには載らない古都・北鎌倉の魅力を再発掘し、その魅力を広く伝えることで、街の活性化につなげようとする試みである 。具体的にはガイドブック「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々―北鎌倉おとな探偵団の“お宝”一挙公開―」(仮題)の発行だ。 今回の「北鎌倉ウォッチング」―探訪!路地裏の神々―は、このガイドブックの巻頭に取り込むことを想定し、歴史学研究会会員・日本石仏協会会員の酒井保さんに案内人をお願いした。北鎌倉湧水ネットワーク代表の野口稔のリポートと、北鎌倉湧水ネットワークのサポーター、写真家の島村国治さんの写真で当日の様子をお届けする。 北鎌倉は鎌倉の単なる入り口でも通過点でもありません。視点を変えれば、半日でも一日でもゆったりと楽しく過ごすことができますよ。さあ、あなたも本当の北鎌倉に触れてみませんか。 *地図はクリックすると拡大されて文字が読みやすくなります! ![]() ルート(所要時間約3時間) 東慶寺参道(出発)―北鎌倉駅前(円覚寺参道)―オチャブキ様―山中稲荷―瓜ケ谷のやぐら―北鎌倉延命地蔵―藤源治―オシャブキ様(光照寺)―台の地蔵菩薩―亀井の小八神社―権兵衛踏み切り―八雲神社(解散) オプション(時間があれば上記ルートに追加。所要時間約4時間) 台稲荷神社(台上町の鎮守) 厳島神社(小袋谷の鎮守) 成福寺(俳優の故・笠智衆のお墓がある鎌倉にある唯一の浄土真宗のお寺) 【参考】 「北鎌倉ウォッチング」―探訪!路地裏の神々―(北鎌倉匠の市同時開催イベント) ▽日 時 2007年11月3日(土) 集合12:15 出発12:30 終了15:30 ▽集合場所 東慶寺参道(北鎌倉匠の市・実行委員会本部席周辺) ▽服 装 ハイキング並み ▽飲 料 各自用意 ▽参加費 500円(資料代、保険料など) ▽ルート 東慶寺参道(出発)―北鎌倉駅前(旧円覚寺参道)―オチャブキ様―山中稲荷―瓜ケ谷のやぐら―北鎌倉延命地蔵―藤源治―オシャブキ様(光照寺)―台の地蔵菩薩―亀井の小八神社―権兵衛踏み切り―八雲神社(解散) ▽案内人 歴史学研究会会員・日本石仏協会会員 酒井保 ![]() 【北鎌倉の歴史】―「功名が辻」の主役の「山内」氏は北鎌倉の出自― 北鎌倉横須賀線開通以前は、いわゆる「相模山内庄」といわれ、東から北は「巨福山」、「明月谷」、「端鹿山」の山地、中央は山ノ内川が西に流れて柏尾川に注ぎ、そこには「東管領屋敷」、「西管領屋敷」、「宮下小路」、「亀井」、「宮之前」、「小袋谷」などという地名があります。 鎌倉方面の山間部は「金宝山」(浄智寺の山号=仏教の寺院名に付与される修飾語)、「東瓜ケ谷」、「西瓜ケ谷」、「台峯」と呼ばれ、その中心は北鎌倉駅周辺です。NHKの大河ドラマ「功名が辻」の主役の「山内」氏はここの出自とされ、「相模山内庄」は鎌倉郡山内本郷(横浜市栄区)を中心に古代から中世にかけて存在した広大な荘園であったとされています。 鎌倉は現在、世界中からの来訪者で大混雑しております。最近では韓国、中国、インドなど、仏教に関心を寄せる外国人も激増し、北鎌倉にも興味を持って、質問してくる人も多くなりました。 古代は「サカド(尺度)」郷と呼ばれたところです。鎌倉の北の出入り口で、「サカ」は「境・界」、「ド」は「戸、門、所、処、土地」なのでしょうか。「藤源治」(刀鍛冶が住んでいる場所)とか「コブクロ」=「コ」を「フク」(鞴=ふいご)=「ロ」(鑢=ふいご)の地名や金偏の付く地名が散在し、湧水も豊富で、荘園として、首藤氏が開いたところとされています。 北鎌倉には亀の付く地名、安倍晴明伝承があり、歴史ファンの想像力をかき立てます。北鎌倉にある鎌倉五山第1位の建長寺の開基は、鎌倉幕府5代執権の北条時頼、第2位の円覚寺は、時頼の息子で8代執権の北条時宗です。「藤源治」という地名からは、この辺一帯が弾薬庫であり、北方の守りの要だったことが容易に推察出来ます。鎌倉幕府の実権を握った北条得宗家(北条氏惣領の家系)の本領として北鎌倉は、宗教的、軍事的に極めて重要なところでした。(文責・酒井保) 【探訪!路地裏の神々】(文・野口稔 写真・島村国治、歴史解説・酒井保) 東慶寺参道 本来なら北鎌倉駅がスタート地点となる。しかし、匠の市の実行委員会本部が東慶寺参道に設置されているので、このイベントに関しては便宜的に東慶寺参道をスタート地点とした。 ![]() ![]() 北鎌倉駅前 軍港を持つ横須賀に物資を輸送するために、1889年(明治22年)に開通した横須賀線は驚くことなかれ、実は円覚寺境内の中を通っている。大船駅―鎌倉駅―逗子駅―横須賀駅(16.2キロメートル)が同時開業したが、北鎌倉駅の開業は、38年後の1927年(昭和2年)だった。富国強兵が国是となっていた明治時代だから横須賀線の開通は可能だった。今の時代なら果たして開通できたかどうか疑問符が付く。 ![]() ![]() オチャブキ様 オチャブキ様が鎮座されている山中稲荷参道(路地)の両側には、日本風家屋が立ち並んでいる。木漏れ日を浴びながら、歴史探索を兼ねた散策は、気持ちが安らぐ。 山中稲荷参道は、大人が二人並んで、やっと歩けるほど細い路地だ。うっかりすると見過ごしてしまう。駐在所横からぶらりと1、2分歩くと、路地の端っこに、目指すオチャブキ様が「鎮座」されている。オチャブキ様の正体は、風雪に耐えた5重の石である。コケがしっかり生えている。「オチャブキ様の『オ』は『御』。『チャ』は吹く、触れる、空気をかき混ぜるという意味だ。『ちゃちゃ』を入れるという言葉に通じる。勢いのある神様を指す。仏教伝承以前、日本人は天と地に神様がいると信じていた。天の神様は文字どおり、天に在り、土地の神様は地に在って、その霊は石に宿るという考え方だ。オチャブキ様の形は古い。きっと、鎌倉初期かもっと古い時代のものだと推測できる。ただし、文献によって、この事実を検証することはできない。伝承で伝わっているのみだ」(酒井保) ![]() 山中稲荷 オチャブキ様と目と鼻の先の距離に、山中稲荷がある。鳥居のあるのが珍しいとされ、「一遍聖絵(ひじりえ)」の中に、描かれているのが山中稲荷周辺ではないかといわれている。「一遍聖絵」は、踊り念仏を始めた時宗(じしゅう)の開祖「一遍上人」に関する、この世に残された唯一の貴重な「証言」である。 ![]() ![]() 瓜ケ谷のやぐら ![]() 北鎌倉延命地蔵 北鎌倉延命地蔵は、台峯の麓の水源地帯に建立されている。北鎌倉に残された貴重な棚田がこのすぐ下にある。 ![]() 藤源治 ![]() オシャブキ様(光照寺) 光照寺は時宗のお寺である。遊行寺の末寺だ。境内はさほど大きくはないが、レンギョウ、アジサイ、ツツジといった四季の花々が美しい。拝観料は無料で、自由に拝観できる。笑い話を一つ。かつてNHKがドラマ「北条時宗」を放映していた時のことだ。北鎌倉観光に来た母娘がいた。光照寺の門前の石柱の前で、母親が娘に「これも『ときむね』ゆかりのお寺なのよ」と説明していた。この光照寺の境内にオシャブキ様が祀られている。場所は門を入ってすぐの左側だ。オシャブキ様は、石灯籠のような形をしている。 咳の神様と案内版には書かれている。「シャ』は『チャ』と同じような意味。『シャ』は『しゃべる』に通じる。歳とった翁が吹いて生じる『振動』、つまり偉大な力が宿っていると信じられた。奇しくもこんな近くに2つの『神様』が祭られている。ひょっとして、オシャブキ様とオチャブキ様は、男女の間柄にあるのかもしれない。オシャブキ様は翁に関係するので男、オチャブキ様が女ではないか」(酒井保) ![]() ![]() 台の地蔵菩薩 「古代語で『台』は四方が見渡せる場所。そういう場所には『大王』がいたはず…」(酒井保) ![]() 亀井の小八神社(八幡神社) 台の市場区の鎮守。「1735年(享保20年、将軍徳川綱吉からこの地の領主に任命された別所氏が石清水八幡宮を勧請し、村人の祀ったのが始まり) (酒井保) ![]() 権兵衛踏み切り ![]() 八雲神社 八雲神社は山ノ内の鎮守である。高台にあるから、境内から北鎌倉の街並みを一望におさめることができる。「眺望は北鎌倉で一番ですね。目の前に見える台峯は単なる山(緑地)ではありません。御神体、つまり神様が座っています。パワーがある、ありがたい場所です」(酒井保)![]() 境内には平安時代中期の陰陽道の大家・安倍晴明ゆかりの「安倍清明石」の他、寛文5年(1665年)の銘をもつ庚申塔がある。鎌倉では一番古く、かつ、大きいといわれている。11基あるが、その中に大きく「青面金剛」と刻まれた石碑がある。酒井さんの説明では、かつて魔除けとして境界線に建立されたのだという。その地域特有の病気である風土病に対しては、そこにずっと住んでいれば人間の体内には自然と抗体ができ、風土病への抵抗力がつく。しかし、この風土病が別の地域に持ち込まれた時、別の地域では抵抗力がないから死人が何人も出る。そこで、先人は「青面金剛」の石碑を特に病気にかかりやすい、妊婦や子どものための魔除けとして部落と部落の境界線にたてたのだという。 ![]()
by kitakamayunet
| 2007-11-06 00:46
| 北鎌倉匠の市・展
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Comments(6)
「北鎌倉延命地蔵」のことが書かれていますが、これは詐欺まがいの祈祷をしている祈祷所です。警察からもマークされていると聞いています。被害者の会が存在するらしく、ホームページも存在していますので、詳しくはそちらで聞いてみたらいいと思います。
そのほかにもgoogleやyahooで検索してみるといくつか引っかかります。 鎌倉市内にも色々と新興宗教団体が存在しますので、鎌倉にあるからといってまともな宗教施設とは限らないようです。以前、この北鎌倉延命地蔵の側の浄水所の側にも新興宗教の教会(数年前につぶれて今は無関係なフランス料理店になっています)もありました。 下手をすると悪徳祈祷師の関係者と誤解される結果になりかねないので、もし詳しいことをご存じなくて「北鎌倉延命地蔵」を取り上げられているのでしたら、お気をつけになられることをお勧めしたいと考え、後輩ながらお節介を承知で以上情報提供させていただきました。
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後輩 様、情報ありがとうございます。「北鎌倉延命地蔵」についてはよく知りませんので、コメントしませんでした。調べてみます。
川上靖治さんにこのブログを教えて貰いました。小生も何ヶ所かに姿が写っていました。僕も自分のホームページの「旅行記」に「北鎌倉の秋日」と題してこの日のことを掲載していますのでご覧下さい。
安藤義信様、「探訪!路地裏の神々」に参加いただき、ありがとうございました。HP拝見しました。奥様と仲睦まじく、ほのぼのとしたHPですね。
「北鎌倉延命地蔵菩薩」は、昨年末に、鎌倉市によって建築基準法違反と都市計画法違反で摘発されました。鎌倉市から施設の除却命令が下され、現在、建物の屋根が取り外されるなど一部除却がすすんでいます。「北鎌倉延命地蔵菩薩」は、詐欺まがいの祈祷をして不当な祈願料を請求したり、騒音・悪臭を撒き散らし、注意した人に脅迫したりして警察を巻き込んで周辺では大問題となっていましたが、不法な施設だったことが行政によっても認定されたわけです。
こんな反社会的な施設が、「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々」に掲載されなくて本当によかったです。こんなところを掲載して、せっかくの企画が台無しになっては残念と考えて、先日情報提供させていただきましたが、多少はお役に立てたようです。今後はハイキング等の企画を立てられるときには、もう二度とこんなところに入らないように気をつけてください。今後とも活動応援しています。
後輩様、再び、貴重な情報有難うございます。前回いただいた情報をガイド役の酒井さんにお伝えし、「北鎌倉ウォッチング」―探訪!路地裏の神々―の企画では、2度と延命地蔵には立ち寄っておりませんでした。これからもご支援のほど、よろしくお願いいたします。
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