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無名人からの伝言―野口初太郎不屈の人生―(26) 大利根用水が相反する難問を一気に解決 トックリ懐に、水もらいに榛名参りの奇習 榛名湖湖畔で九十九里平野の農民の姿を想像 榛名富士 ![]() 大利根用水事業とは水郷の里、佐原と日本有数の漁業基地、銚子のほぼ中間に位置する笹川揚水機場からポンプで利根川の水を汲み上げ、大幹線用水路、東西幹線用水路を使って、干潟八万石といわれる香取・海上・匝瑳3郡の旧26カ町村の水田8千町歩(0・99174ヘクタール)に送り、灌漑する事業である。主要水路の長さは75・8キロメートル、この間に隧道(トンネル)が大小20カ所ある。昭和10(1935年)3月に着工し、昭和26年(1951年)11月に完成した。 大利根用水が完成する前は、水源を持たない干潟八万石は、農業用水をほとんど雨に頼っており、日照りが続くと水不足に陥り、何度も干ばつの被害に苦しんだ。一方で低地なため、大雨になると水田が水浸しになるなど深刻な排水問題を抱えていた。この相反する難問を一気に解決したのが大利根用水事業である。 干ばつの被害に苦しむ当時の農民の興味深い雨乞いの風習が「大利根用水事業史上巻」(【参考資料Ⅱ】雨乞思考)に収録されている。 (九十九里平野にある)大網・山辺・瑞穂・本納など、山武・長生にまたがる八カ町村はかつて旱魃に最も苦しみ、雨乞いに関する奇習をもって昔から知られていたのである。旱魃に対しては、雨乞いよりほかに知らなかったこの地方にも、いまや、貯水池が構築され、もはや、水のことでは、誰も泣き言も恨み言も言わなくなった。従って、恐らく、雨乞いに関する種々のしきたり・伝説といったものも次第に失われていくだろう。 祖先の、悲しい、しかも、宿命的な、水に対する闘争をしのび、さらに、新しい形での水に対する今後の闘争(堤防の修築・植樹・土地改良など)の意をかためたいという橋本さんに、応分の協力をしようと生まれたものである。 「田植え時に、干天が一週間も二週間も続くと、各村々の信者というか、常連が寄り集まって、本国寺のお祖師様に雨乞いの祈祷をするのである。いよいよ日取りが決まると、各村々からは二人三人と勢ぞろいして、それぞれトックリ一本を懐に、水もらいに榛名参りをする。服装は、ゴザを着て笠をかぶり、野宿の覚悟である。榛名というのは、言うまでもなく、関東平野を一望に収める北関東の名山である。雨一つよばない夏の候、およそ1週間足らずでの往復は、当時ではよほどの強行軍であったと思われる。榛名からトックリに入れられて、はるばる運ばれてきた水は、雨乞祈祷の祭壇に祀られ、いよいよ満願の日、集落の人々は、名主・総代を先頭にして、一枚々々の田に、トックリから水を一滴ずつそ注ぐのである」 ![]() ![]() 九十九里平野から榛名山までの距離は地図を眺めると、北鎌倉から九十九里平野までの距離(車での走行距離約180キロメートル)とほぼ同じだ。九十九里平野の農民は、約180キロメートルもの長い距離をわたしのように車でなく徒歩で、水を求めて榛名山向かった。それほどまでに干潟八万石の水不足は深刻だったのだ。榛名湖の湖畔に立って、トックリに水を汲みこむ彼らの姿を想像した。
by kitakamayunet
| 2008-06-21 11:54
| 無名人からの伝言
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Comments(2)
深い思いを痛感しました。私が育った鏑川流域がすべて、利根川に流れ込む源流です。私はさらに奥の南牧川の川縁に住む住民となり、先祖に導かれた格好の嫁入りに何か?因縁を感じています。岩手の義兄が枕元で言った最後の言葉に謎がありましたが、今回糸が解れてきた気分です。来てくれて本当にありがとう御座いました。
群馬県でも榛名富士は有名です。私たち家族も何度も訪れています。キャンプに行ったり、ドライブやお風呂・・・ちょいと行くのが榛名湖でした。私は特別に榛名湖は高校時代のスケ-ト青春真っ只中でよく通いました。伊香保にも行き思い出は尽きません。 野口さん先祖に、群馬の偉業に貢献された方がいらしたなんてまた奇遇ですね。縁というものを感じます。明日神奈川に行く予定です。平塚のサッカ-場です。都合で電話するかも知れません。
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神戸さん、遠路はるばるお越しいただきありがとうございました。今日は早朝からずっと原稿を書いていたので、このブログを見たのが電話をもらう直前でした。何もお構いできずに申し訳ありませんでした。これからは様々な情報交換ができると思います。よろしくお願いします。
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