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歴史舞台バックに薩摩琵琶の生演奏堪能 ![]() 鎌倉有数の高級住宅地、鎌倉山在住の知人の赤松宗樹さんから、下記のような素敵なお誘いをいただいた。 秋は深まり、今年も早いもので、旧暦九月十三夜の栗名月を迎える頃とあいなりました。 月に遊ぶ、月に焦がれる、月待ちに、地方では二十三夜待ちの風習などもあり、月の満ち欠けによる折々の四季を、二十四節気や七十二候に息づく歳時の一つでありましょう。そのようなひと時に、月を仰ぎ、琵琶の音に耳をかたむけ、こころに残るひと夜を、みなさま方と楽しく集うことになりました。 日時 二〇〇八年十月十二日(日)夕刻六時~夜半十時 場所 鎌倉山 知足庵 運良く仕事も休みだったので、定刻の午後6時ジャストに知足庵に到着した。お月見の集まりであったが、生憎、空は曇り空だった。わずかな期待は雲に切れ目があったこと。知足庵には月見の用意ができていた。 ![]() 月見の席には何人かの知人、友人も招かれていた。しばし懇談しながら空を見上げると…。なんとお月さまが姿を現しているではないか。「ラッキー」と叫んで、カメラのシャッターを切った。 ![]() この日の集まりは、薩摩琵琶の演奏と茶席が設けられていた。琵琶の演奏は坂麗水さん。「ひょっとして広町緑地の保全問題で存じ上げていたあの坂さんではないか」と思っていたが、やはりそうだった。茶席は私と同じ町内にお住まいの梶宗静さんが担当された。 *鎌倉広町からの風 http://www.hiromachinomori.org/ 演奏曲目は「静」と「遠干潟」。「静」は源義経の恋人の静御前、「遠干潟」は新田義貞の鎌倉攻めがテーマで、坂さんは曲の演奏だけでなく、曲のテーマについても丁寧な説明をしてくれた。 鎌倉山の知足庵から海の方に下ると新田義貞の鎌倉攻めの舞台となった稲村ケ崎がある。坂さんは歴史舞台をバックに演奏していた。そのせいか演奏には凄みというか迫力があった。 しばしではあるが、お月見も出来た。美味しいお酒、食事もいただたいた。参加者との楽しい懇談も出来た。歴史舞台をバックにした琵琶の生演奏も心行くまで堪能出来た。歴史の町、鎌倉に住む幸せをしみじみと感じた一日だった。 【ご参考】 *静御前 文治2年(1186年)4月8日、静は頼朝に鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞を命じられた。静は、「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」と義経を慕う歌を唄い、頼朝を激怒させるが、妻の北条政子が「私が御前の立場であっても、あの様に謡うでしょう」と取り成して命を助けた。 『吾妻鏡』では、静の舞の場面を「誠にこれ社壇の壮観、梁塵(りょうじん)ほとんど動くべし、上下みな興感を催す」と絶賛している。 この時、静は義経の子を妊娠していて、頼朝は女の子なら助けるが、男の子なら殺すと命じる。閏7月29日、静は男子を産んだ。安達清恒が赤子を受け取ろうとするが、静は泣き叫んで離さなかった。磯禅師が赤子を取り上げて清恒に渡し、赤子は由比ヶ浜に沈められた。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) *知足 医療と内観 -知足(ちそく)- 吉本 博昭・富山市民病院精神科部長 (やすら樹 No.70 2001 NOV.よりhttp://www.nsknet.or.jp/~hy-comp/else/profile/yasuragi4.html) …知足は、京都の竜安寺にある蹲踞(つくばい)に認められます。この手水鉢は、水戸黄門こと徳川光圀が寄進したものと言われ、そこには「吾唯足知」(ワレ タダ タルヲ シル)と書かれています。禅の精神、「知足のものは貧しいといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧しい」を伝えています。知足という思想は、「老子」三十三章「足るを知るものは富む」に認められます。 さらに、お釈迦さまが臨終の際の最後の説法である『仏遺教経』に「少欲知足」(欲を少なくして足ることを知る)という言葉も認めます。茶道の理念に、知足安分(ちそくあんぶん)という考えがあり、足ることを知って分を安んずる精神の必要性が唱えられています。 この知足は、単に「あるものでがまんする」など禁欲や節約精神を言っているのではありません。私は、今のある物の中に喜びや幸福を積極的に見いだすことだと思います。人は、昔からややもすれば欲が深く、人を妬み、モノを沢山ほしがり、次第に心が貧しくなり、その結果として不幸を背負うことになるのです。モノが豊かであればあるほど、知足の心を持つことが難しくなると古から言われ続けているのです。…
by kitakamayunet
| 2008-10-19 16:52
| 交遊録
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